豊臣家滅亡の引き金となった「国家安康」「君臣豊楽」と刻まれた鐘楼で知られる方広寺(ほうこうじ)。豊臣秀吉が創建した寺院で、当時は
妙法院、
三十三間堂なども含む広大な寺院であった。また東大寺(奈良)の大仏より大きい高さ19mの大仏が安置されていたが、1798年の落雷により焼失。豊臣秀頼が作らせた鐘は「国家安康」「君臣豊楽」の文字が刻まれており、徳川家康が豊臣家を滅ぼすきっかけを与えた事で知られる。この鐘は日本最大級の大きさを誇り、
知恩院や
東大寺の鐘と共に日本三大名鐘にも指定されている。