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渋谷のハチ公

歴史

ハチの主人

渋谷駅 大正-昭和初期頃 ハチ(秋田犬)の飼い主は渋谷に住んでいた東京帝国大学教授の上野英三郎。ハチを飼い始めた翌年1925年(大正14年)に大学の会議中に急死。ハチは帰って来ない主人を心配してか3日間何も食べなかった言われる。その2年後にはハチを幼少時の頃より可愛がっていた植木職人の小林菊三郎のもとに預けられた。

忠犬ハチ公

ハチの剥製 この頃から元の主人が出かけ帰宅していた時間にあわせ、毎日午前9時頃には出かけ、しばらくすると戻り、また夕方4時頃に出かけを繰り返した。また昔住んでいた家に立ち寄り、中を覗いていたともいわれる。渋谷駅前で帰りを待ち続るハチの姿は、新聞記事で大きく紹介され人々に感銘を与えた。そして1934年(昭和9年)には渋谷駅前にハチの銅像が設置された。その時の除幕式にはハチ自身も参加した。ハチの亡骸は剥製となり国立科学博物館で見る事ができる。

焼き鳥目的!?

  • 屋台の焼き鳥目的ではないのか?と異論も唱えられたが当時の関係者により否定されている。
  • 屋台が出ない朝9時にも必ず駅に通っていた。
  • エサを貰えるようになったのは、駅通いをした9年間のうち、新聞に報道された最後の2年間のみで、それまでは邪見に扱われていた。
  • 渋谷駅では屋台の前ではなく、改札口の前に座っていた。
  • ハチは小林菊三郎により食事も十分に大切に育てられていた。