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アル・ヒジュルの考古遺跡(マダイン・サーレハ))

サウジアラビアでは初の世界遺産(2008年)でもあるマダイン・サーレハ(サーリフの町の意)。紀元前1世紀から紀元1世紀頃に栄えたナバテア人の南の都(北の都はぺトラ)であり、ナバテア人の遺跡として最大規模。岩山をくり抜き彫刻した遺跡が特徴的で、132の岩窟墳墓が残されている。
コーラン(イスラム教の聖典)の第15章「アル・ヒジュル」では、神が預言者サーレをアル・ヒジュル(岩だらけの場所の意)に遣わしたが、民はそれを信じなかったため神の怒りを買い、町が全滅したという伝説があるため、呪われた場所とも言われている。
住所 サウジアラビア

レビュー

  • 明日は、サウジアラビアの『アルヒジュル遺跡』。果てしないアラビアの砂漠には、謎の王国がありました。名は<ナバテア王国>…インド洋と古代ローマを結ぶ交易ルートを支配していました。その証が発見されます。王の横顔が刻まれたコイン!ラクダの隊商から通行税を徴収して、莫大な富を得たのです。

    1年以上前
  • 9日は、サウジアラビアの『アルヒジュル遺跡』。アラビア半島の果てしない砂漠のどまん中に、かつて謎の王国がありました。奇岩をくり抜いてつくった構造物は、まるで神殿を思わせます。それが、何と100以上も!すべて岩山をこつこつ彫り出したもの…エジプトやギリシア文明の影響がうかがえます。

    1年以上前
  • アラビアのロレンスは、オスマン帝国が物資を運ぶ<ヒジャース鉄道>を爆破!廃墟となった駅や線路が、サウジアラビアにそのまま残ります。鉄道ルートは、聖地メディナへとつづく巡礼の道だったのですが…実は、古代からの交易路でもありました。『アルヒジュル遺跡』は、このルート上に築かれます。

    1年以上前
  • 考古学者インディ・ジョーンズが大活躍するルーカス映画で有名になった…世界遺産「ペトラ」。2000年前、砂漠で栄えたナバテア王国の都でした。交易ルートの中継地として、キャラバン隊でにぎわいます。『アルヒジュル遺跡』もナバテア人の都…北のペトラ・南のアルヒジュラ。2つの都があった!

    1年以上前
 

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