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吉野ヶ里遺跡

吉野ヶ里遺跡は 弥生時代の集落・墓地跡・環濠等が発掘された遺跡。国営「吉野ヶ里歴史公園」として整備されている。邪馬台国の有力候補として注目されており、当時の日本の様子を記した最古の記録・「魏志倭人伝」(中国の使者による日本の見聞録)に出てくる邪馬台国は、3世紀に卑弥呼が女王として治めた国として知られる。

邪馬台国への行き方 九州説と近畿説

福岡市付近から、「南水行十日、陸行一月」と記されており、南に船で10日、陸路 1月とかかれており、そこは九州のはるか南の海となる。
倭人伝は書き間違いが多くあるとのことから
「陸行一月⇒陸行一日」とすることで熊本あたりという説・・・(東大教授 白鳥倉吉 1865~1942 )。
「南でなく東」とすることで近畿あたりという説・・・(京大教授 内藤湖南 1866~1934 )。
があり、九州説と近畿説の大論争がおこった。

宮崎康平「まぼろしの邪馬台国」

「まぼろしの邪馬台国」の著者である宮崎康平が邪馬台国ブームを引き起こした。彼はまた盲目というハンディがありながら夫婦で独自の調査と努力を重ね、書き間違えとされていた「水行(福岡から南に船)」の記述は書き間違いではなく運河があったと考え有明海沿岸の「島原」と推理し、それは宮崎康平の故郷であった。宮崎康平の死後6年後-1989年に吉野ヶ里遺跡が発見されました。

その他の邪馬台国の候補地

九州、近畿、沖縄など80カ所が候補地としてあがっています。

料金吉野ヶ里歴史公園 入園料、体験利用料金や駐車料金等が必要。(無料日も設定されている)
住所 佐賀県

動画

  • 動画(1)

    邪馬台国 通説再考

  • 動画(2)

    遺跡編

  • 動画(3)
  • 動画(4)

    展示室編

豆知識むきぱんだ遺跡の広さは吉野ヶ里遺跡の5倍らしい。